2009年12月18日

news◇道具を使うタコ

冷えますねぇ〜〜!
朝,キーンと空気が締まった感じで,駅まで歩いて電車に乗ったとき
汗が出てこないっていう点では,ちょうどええ(by二丁拳銃)ですけど
せっかく朝5時台とかもっと早い時刻に目が覚めても,
寒くて体が全然目覚めない,6時台になって朝食やらなんやら出勤までの
用事で使い果たすくらいの残り時間になってようやく体も起きてくるという体たらく。
このブログも全然更新がはかどりませんよ…。

さて,今回もニュースの紹介です。
以前テレビなどでも紹介されたかと思いますので目新しくはないですが
論文として提出されないことには学術的には無いのと同じですからね…
本川先生が発表するまでナマコのドロドロ自滅現象を誰も認識してなかったようなもので。


ペン軟体動物のハイレベルな知性:道具を使うタコ(動画)〜WIRED VISION(2009年12月16日)

> インドネシア沖で観察されたメジロダコ(学名Octopus marginatus)は
> 2つに割れたココナッツの殻を体の下側に吸いつけたまま運び、
> 必要に応じてこの殻を組み合わせて自分のシェルターにする。
> これは、無脊椎動物には不可能と考えられていた行動だ。

やしの実の殻って,海水に沈むんですね。
って,ポイントはそこじゃない。


タコって,軟体動物,無脊椎動物なのに知能が高いってことで
かなり有名といえば有名な動物。
ねじ式になってるびんのふたを開けたりとか
迷路を通りぬける,はっきりと記憶力がある,
夜中にタコが海岸近くの畑まで上がってきて大根を抜いていく
なんて,なさそでありそな話も伝わっていたりしますよね。

まあ,「知能」という言葉の定義にもいろんな幅がありますんで
最近では高校生物の教科書でも採り上げられなくなっちゃいまして
(従来,高校レベルの生物では「知能(行動)」とは,
 過去の経験をもとにして新たな状況に対しても適切な
 行動を選択できることと説明されてきました)
私が書いているこの文も知能の意味については一般的な用法,
ゆるい定義で使っていきたいと思います。

しかし,道具を使うことがそんなめずらしいのか?
っていった疑問についても,この記事の中でも検証・確認しております。
このタコにしても,ヤドカリが貝殻背負うのとどう違うねん?
ってことなんですが,要は,道具の定義が何なのかですよね。
さらには“知能”の証明となる道具使用の条件
という言い方もされますね。

その場合,分岐点になるのが「二次的道具」の有無。
道具をつくるための道具を使うのはヒトだけである,
てなことでヒトと「動物」の間の決定的な違いである
という言い方がなされたものです。

いつもながら,まとまりのない文で恐縮ですが
このタコのヤシ殻使用が道具にあたるのかどうかについて,
同記事では,タコの行動に曖昧な点はないとして肯定的で
この結論については私も同意できなくもないんですが,
その結論に至る直前の説明がよくわかんないんですよね…。

> 従来の常識では、道具とは、直接的な操作が必要なものであり、
> この(ヤドカリの)貝殻は道具ではない、ということになる。
(これに対して)
> 「特定の仕事の一環としてでではなく、将来使用するために
> 貝殻が運ばれていることから、タコが物体を操作した他の例とは
> 一線を画する」と研究者らは書いている。


前の文では,「直接操作するものでなければ道具ではない」
後の文では,「その場ではなく後で使うため運んでいるから道具だ」

…意味わかんない。

記事の原文を見てみると(WIRED NEWS 原文(English)

(Another contested invertebrate behavior is the use of shells as homes by hermit crabs. According to the conventional wisdom, tools require direct manipulation, so the shells are no more tools than are human houses.)

“The fact that the shell is carried for future use rather than as part of a specific task differentiates this behavior from other examples of object manipulation by octopuses,” wrote the researchers.

日本語版はまさにそのままの意味ですね。
マニピュレーション…まさに「操作」。
前の文の「direct manipulation」と,後の文の「物体の manipulation」
には,決定的な意味の違いが込められているのでしょうか。

前の文は
「通念からいえば,道具というのは直接手で使うものであるから
 ヤドカリの使う貝殻は人間にとっての家屋以外の何物でもない」

ってところでしょうか。
世界史で習った「マニュファクチュア」が「家内制手工業」ですから
manipulationの「mani-」には手仕事というニュアンスが多分に含まれて
いそうな気がします。また,manipulationには「補正」という意味も
あるそうなので,direct manipulationとは「自分で加工して作った」
という意味なのかなとも考えてしまいますが…こうして1人で考えてると
ドツボにはまりそうな予感が(;^^)

後の文は,rather than as part ofが…
「rather than」が「ではなく」
「as part of」が「〜の一環として」
「rather」だけだと「だいぶ,なかなか,むしろ,かえって」
「than as」が「というよりも」
…これは,がばっと意訳して
「その場で必要な仕事に使う道具としてではなく,将来使うときのために
 ヤシ殻を運ぶという点でこれはタコによる他の物体の使用とは異なる」

という意味なのかな…?

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posted by ドージマ・ダイスケ at 18:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ◇生物番組・ニュース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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