2008年05月01日

Lesson 1−01(p4) 細胞の発見と細胞説

実は今回何ページになるのかさえ未確定のこの漫画,
(いちおう話の続きが1〜2ページ,まとめ1ページ,
 覚え方1〜2ページの予定です)

4ページ目描けました。
ロバートフックが主役だった前ページから,
今度はレーウェンフックが登場。

よろしく! (^o^)b

<<p1から読む

080430細胞の発見(4)-1
◆__
080430細胞の発見(4)-2
<<p1から読む  <<前のページ(p3)を読む  次のページ(p5)に進む>>次項有

※イギリスのフックとオランダ(ネーデルラント)のレーウェンフックは手紙による研究報告でのつながりですから,1コマ目みたいなアヤシイ?(ロバート×アントニ)関係はございません。レーウェンフックのほうが年上だったりしますしね(^_^;)

【参考】
アントニ・ファン・レーウェンフック(Wikipedia)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%83%E3%82%AF

Antoniue van Leeuwenhoek(英語)
 http://www.euronet.nl/users/warnar/leeuwenhoek.html
Antony van Leeuwenhoek (1632-1723)(カリフォルニア大学古生物博物館)
 http://www.ucmp.berkeley.edu/history/leeuwenhoek.html

“レーウェンフックの顕微鏡”については
 同じ構造の顕微鏡をつくってみる実習をやったりする
 教室もありますね。

明視距離とレーウェンフックの顕微鏡
 http://www.fnorio.com/0005distinct/distinct.htm
ガラス玉で顕微鏡 (K-mal's Home Page)
 http://kmal.hp.infoseek.co.jp/microscope/leeuwenhoek/lh_ms.htm
 いろいろなやり方を写真入りで紹介
 (レーウェンフックの顕微鏡のレプリカ,なんと大きさは約6cm)
レーウェンフックの顕微鏡【科学のつまみ食い】
 http://www.kagaku.info/faq/leeuwenhoek030905/
 「新しい科学の教科書1」の方法を元にし,改良を加えた
 レーウェンフック式顕微鏡の作り方

微生物学の基礎 服部 勉/学会出版センター (1986/07) →Amazon
 レーウェンフックの発見とパストゥールの研究に始まる研究の歴史と
 培養できる,増殖の旺盛な細菌しか研究対象にできない現状の課題


17世紀オランダのおもな出来事
オランダはポルトガルから大航海時代の主役を奪いますが,
やがて英国にその座をとって代わられます。
1602年 オランダ東インド会社設立(世界初の株式会社)
1609年 スペインやフランドルと休戦協定(その前年ルーベンス亡命先から帰国)
1609年 北米大陸到達,1626年ニューアムステルダム設立(のちのニューヨーク)
1637年 チューリップ狂時代(チューリップバブル)
1648年 三十年戦争終結,ミュンスター条約により
   ネーデルラント(オランダ)連邦共和国はスペインから正式独立
1665年〜1667年 二次英蘭戦争
1672年〜1674年 三次英蘭戦争(フランスからも宣戦される…オランダ戦争)
1674年 レーウェンフック,ヒトの赤血球・精子発見


ヨハネス・フェルメール(1932〜1975=レーウェンフックと同年同月生まれ)
 「真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)」「牛乳を注ぐ女」
 「絵画芸術の寓意」など静かで存在感のある風俗画(神話ではなく
 庶民を題材として描いた)で知られ,現存する作品は30数点と家作でも知られる。
 ※Wikipedia「フェルメールの作品」

レンブラント・ハルメンス・ファン・レイン(1606〜1669)
 「夜警(フランス・バニング・コック隊長の市警団)」や
 数多くの「自画像」など光と影のコントラストを駆使した
 迫力のある作品で不動の地位を築いた17世紀オランダ最大の画家。
 工房制を確立し作品数が非常に多かったことでも知られる。

ピーテル・パウル・ルーベンスは(1577〜1640)と
 フックやレーウェンフックの活躍した時期よりは
 少し前の時代の人。『フランダースの犬』で主人公ネロが
 見たいと切望したアントワープ大聖堂の絵がルーベンス作
 ということでも知る人ぞ知られています(同大聖堂所蔵の
 作品は『キリスト昇架』『キリスト降架』,『聖母被昇天』)。
 で,風車やチューリップといったオランダのイメージを持ってる
 人もいるかと思いますがフランドル(フランダース)って,今のベルギー。
 オランダから独立せんと長年戦い続けてきた歴史があるんですよね。
 ルーベンス本人は両親が亡命していたドイツでの生まれ。
 イタリアのマントヴァ公やスペインイザベラ王女の宮廷画家を
 務め,「王の画家」ひいては「画家の王」と称されるように。
 各国語にも堪能だったこともあり外交官としても活躍。
 Wikipedia「ピーテル・パウル・ルーベンス」

グロチウス(1583〜1645)
 (グロチウスはラテン語名。オランダ名はハイフ・デ・フロート)
 15歳でオルレアン大学から法学博士の学位を授与される才能を見せ
 翌年弁護士事務所を開業,30歳でロッテルダム市法律顧問,
 オランダ独立最大の政治的功労者とされているバルネフェルトの右腕となる。
 1618年,政治的判断から逮捕され,翌年終身禁固刑に。
 「国際法の父」と称される由縁となった名著『戦争と平和の法』
 著したのは脱獄・亡命したパリでのことだった(最終的にはドイツに亡命)。
 http://www.ishiryoku.co.jp/user/takuwa/takuwa02/ser15_p11.html


※このLesson1−01全体の参考サイトなどは
 後でまとめてUpします。

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 よろしくお願い申し上げます。<(_ _)>
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ペーテル・パウル・ルーベンス―絵画と政治の間で
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そんなフックが最も認めた
研究者の1人がオランダの商人,レーウェンフックだ。17 世紀は大航海時代。東インド会社の成功で黄金時代を迎えたオランダでは,王侯貴族だけでなく豊かになった商人など市民も芸術や学問を楽しむようになったの。ああ麗しのオランダルネサンス「光の天才画家」フェルメール「国際法の祖」グロチウス「光の巨匠」レンブラント「画家の王」ルーベンスはフランドル,今のベルギー出身ね。レーウェンフックは手製の単レンズ顕微鏡でヒトの赤血球や精子を発見,筋肉の横紋構造を発見,アメーバやゾウリムシなどを見つけ,目に見えない微生物の存在を発見,細菌を発見,昆虫の卵や孵化・微生物の分裂を観察して,自然発生説を否定…などなどオランダから送られてきたレーウェンフックの数々のレポートを読んだフックは,これをラテン語に訳して『レーウェンフック全集』として刊行,さらに彼をイギリス王立協会会員に迎えたんだ。オランダで「レーウェンフック賞」といえば10 年に1度のすごく権威ある賞だぞ。酵母菌の集団レーウェンフックの顕微鏡ってすごくシンプルなんですね。それにすごく小さいです。球形のレンズを使ったから大きく見えるようになったんですか?レンズが小さいってことが重要だな。その分,焦点距離も小さくなって倍率が上がるんだ。この先端に試料をつけて観察する。
 
posted by ドージマ・ダイスケ at 08:55| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ★人物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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