2019年12月29日

熱かった!エンリッチメント大賞2019(2)柴田典弘さんとトナカイ

前回は『エンリッチメント大賞』2019年表彰式・受賞者講演会
流れや出来事について,紹介しましたが
続きまして,受賞した園館の取り組みについて,ツイートで紹介した内容に補筆して紹介したいと思います。

まずは,当日の授賞式全体の流れについて。


■大賞(総合評価賞)■
 「トナカイの放牧飼育を含むエンリッチメント」
191221エンリッチメント大賞2019_011_1207 (31)概要スライド_大森山動物園0000 - コピー.JPG

受賞:秋田市大森山動物園 柴田典弘さん
191221エンリッチメント大賞2019_012_1207 (46)表彰_大森山動物園_柴田典弘さん.JPG

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「トナカイの放牧飼育を含むエンリッチメント」というのは,一言で言うと
「飼育されているトナカイは暑さ・サシアブ・合わないエサ
の三重苦に悩まされていましたが放牧などで改善されました」。


簡単だと思うじゃん? と・ん・で・も・な・い・話で

まず柴田典弘さんが「トナカイをやってほしい」と振られて見たトナカイの飼育環境は「地獄」だったわけです。

●まず暑さ。
日本の動物園の気象環境でセーフなのは釧路市だけでそれ以外は地獄。

191208エンリッチメント大賞031_1207  (118)スライド_大森山動物園_トナカイ_暑さ.JPG
そこで考えられるありとあらゆる対策をやってみるわけです。
濡れタオルやら凍らせた水ペットボトルやら手間・労力が異様にかかる方法を次から次へと実行していく。

子どもプールのようなスペースを設けてそこにトナカイが入れば
四肢冷却で体温上昇はかなりやわらぐとか,

(動物園はもともと公園という概念で 園内の木をもらさず
剪定させようとする人がいるのだけれど)
トナカイ舎だけは切るのをやめてもらったところ
4年後には”森”ができたりとか,

企業さんの寄贈を生かしてミストを設置できたりとか
することで大幅に改善されました。


●そしてエサ。
柴田さんは担当となったトナカイがえさを食べる姿を一目見て違和感を抱きます。

191208エンリッチメント大賞031_1207  (105)スライド_大森山動物園_トナカイ放牧等エンリッチメント.JPG
シカやウシなど草食動物(特に反芻動物)は咀嚼して時間をかけて食べるのですが,
トナカイは犬のようにがつがつ食べる。

191208エンリッチメント大賞031_1207  (106)スライド_大森山動物園_トナカイ放牧等エンリッチメント.JPG
歯なども調べた柴田さんは,ツンドラでハナゴケなどを主食とするトナカイ(の食性)は
「シカじゃない」という結論に至り,

ハナゴケの栽培,
191228エンリッチメント大賞_15_1207 (108)スライド_大森山ハナゴケ栽培.JPG

191208エンリッチメント大賞031_1207  (110)スライド_大森山動物園_トナカイ_エサ.JPG

牧草の吟味・ペレット・生葉など
191208エンリッチメント大賞031_1207  (112)スライド_大森山動物園_トナカイ_エサ.JPG

トナカイが好んで食べられるものをとことん追求します。


●さらにサシバエ
日本にそんなのいるの?と思う人も多いかもですが,実はこれ
家畜の害虫としてはメジャーな存在で,
なぜかトナカイにはウシやウマの10倍以上たかる。
年に2L以上吸われるともいわれ,体調を崩したり死に至る原因にも。

そこで,手に入る防虫スプレーをとことん試す。
効き目のあるものが全然見つからない。
191208エンリッチメント大賞035_1207  (124)スライド_大森山動物園_トナカイ_サシバエ.JPG

ようやく見つかった,効果のある銘柄でも効果が続かない。
191208エンリッチメント大賞035_1207  (127)スライド_大森山動物園_トナカイ_サシバエ.JPG

1時間おきにブッシュブシュかけ続けないと,すぐにサシバエにたかられてしまう。
そして朝,園に出勤して様子を見ると,夜の間にたかられてげっそりしたトナカイが
助けを求めるように歩み寄ってくる。
柴田さんは無力感に苛まれる。

191208エンリッチメント大賞035_1207  (129)スライド_大森山動物園_トナカイ_サシバエ.JPG

2013年にキリンのハズバンダリートレーニングで同賞を受賞したり
全国的に脚光を浴びてTV取材を受けていた頃,
これらトナカイの三重苦に対して一緒に取り組んでくれたスタッフが倒れるくらい
泥臭い不断の努力を重ねていたのです。
191208エンリッチメント大賞036_1207  (123)スライド_大森山動物園_トナカイ_ダメージ.JPG

努力の結果,トナカイ舎は木陰たっぷりでミストつき,
現状でベストのペレットも見つかり,
たっぷり与えられた中から(普通は牧草は茎が重視されていたが)
食べやすい葉を選んで食べられる給餌環境もでき,
岩手大の研究で劇的に効果のあるサシバエ除けの薬も目途がついた。
(万が一他の園で使って健康被害が起こったら成果が完全否定されることになるので
 安全性について十二分の確認がとれるまで原則その薬をお分けすることは差し控えている)
放牧の話はその後なんですよね。

191208エンリッチメント大賞037_1207  (139)スライド_大森山動物園_トナカイ_放牧.JPG

「放牧やりたいんですけど」「いいよ」とはならない。

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191208エンリッチメント大賞037_1207  (141)スライド_大森山動物園_トナカイ_放牧.JPG
ここまでやった柴田さんが言うのならと,
「お散歩サービス」,「1頭日帰り」から始まって徐々に徐々に拡大して,
現在の「4か月2頭」まできた。その先には多頭数放牧がある

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トナカイの個体同士の相性もあるので,
全部まとめて放してしまえみたいなわけにはいかない。

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この成果だけ見たら,「最初からこれやればいいじゃん」ってなりそうだけど
なんか…泣けてくる

蛇口をひねれば飲める水が出てくるのが当たり前であるありがたさというか
動物にとっての地獄が普通だったりしかたないものという世界を終わらせて
動物が生き生きと暮らせる環境を当たり前にするために
ここまで努力されてきてるんだよなあと

191208エンリッチメント大賞039_1207  (145)スライド_大森山動物園_トナカイ_結論.JPG

とにかく柴田さんは問題点が見えてしまう。
対策を考え抜いてやれることはどんどん試す。実行する。

その際に手間やお金で周りに迷惑をかけずひたすら自分が動く。
その姿を見ている人は見ているので,頼み事も聞いてくれたり
自分の仕事にも触発されてくれたりする。
餌の業者や獣医さんも,
飼育員が自ら調べて調べて考えて考えて試した上での話なら無理も聞いてくれる。

TV取材を受けたり,今回のこのエンリッチメント大賞も,
取材がない!注目されないと意味がない!会場に来て!とツイッターで呼びかけたり

(立ち見が出る超満員となりました),
講演も強い口調で堂々と語ったりと,
傍から見て「俺スゲー」の人に見られそうな面もあるのですが,
191228エンリッチメント大賞_70_1207s(24)名言ワピチ.JPG
自分で「名言」とか言っちゃう

柴田さんの真意は逆で,「俺スゲー」の個人技では意味がないと柴田さんは言います。

誰もがやれる当たり前をつくるために
愚直に1つ1つ細かい試行を積み重ねて最適解を見つけ出し
それを他の園の人がやろうとするときに上や周りに邪魔されないよう
柴田さんは前に出て,成功例を発信しているんですね。

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こういった試み,成果が公に知られ評価されることは
努力した本人の励みになるだけでなく,動物園全体の飼育環境改善のために
大きな力となる。
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エンリッチメント大賞への感謝と
この賞が来年以降も継続するように寄付の呼びかけで
報告は締めくくられました。


■授賞式・発表講演会後の懇親会で
柴田さんが 彼の話を聞きたい若者たちに囲まれていたことは
前回触れましたが,やはりその話は刺激的でしたね。
191221エンリッチメント大賞2019_55_1207s (45)柴田典弘さんと.JPG

オフレコというわけではないですし,特定の誰かに
迷惑をかけるような話はされていないのですが
どこまで書いて大丈夫かな…という気になります(;^ω^)


「ゾーンプレス」
地域の動物園が一つ一つ改善されていくと
旧態依然とした動物園のほうがやりづらくなって良いほうに合わせざるを得なくなる。
北海道でいうと最後が〇〇動物園。(←意外!)

「こういうところでは堂々と強い言い方するけど
 ふだんは本当におとなしく静かにしてる。
 ふだんから上や周りの人の言うこと聞いて,迷惑をかけないようにして
 自分の考えていること,やりたいことを聞いてもらえるように
 なったところで,様子をうかがいながら少しずつ出していく。

 それを全然やらない若い奴が,いきなり
 『柴田さんが言ってたから』って
 先輩飼育員のやり方にケチつけたりする。
 聞いてもらえるわけないよ。

 そのせいで俺が会ったこともない人に動物園を出禁にされるの」


そして驚いたのが,こちら
191228エンリッチメント大賞_80_1207s(40)柴田さん獣舎カメラ.JPG

「朝,見てみたら容体が急変して死んでました なんてのは認めない。
 その前から様子がおかしかったはずだから」

命を預かっている者が,担当動物を長時間放っておくなんてあり得ない,と,
柴田さんは,勤務時間が終わって家に帰っても,
この日のように秋田を離れても,2時間おきに獣舎のライブカメラ映像を
スマホでチェックしてスクショを撮り記録しているんです。



●柴田さんのこの姿勢というか生き様といえるレベルの取り組み方を
直にお聞きして,考えさせられるというか複雑な気持ちになりました…

エンリッチメント大賞の趣旨としては
飼育されている動物のエサ・住環境に関して望ましくない状態にあることを
見抜く意識・知識・観察力,
動物を蝕む要素を除き,改善していく思考・情報収集・粘り強い試行・対人調整
いずれも,まさに表彰に値する,まさに飼育員のお手本,鑑に
まちがいないです。

けれど柴田さんレベルの取り組み,
24時間体制で動物を見守るなどの働き方を
園や管理職が飼育担当者個人に要求したら
ブラック職場以外の何物でもなくなってしまう。

※私がスマホでの獣舎ライブ映像チェックを見せてもらえたのは,
 学生さんたちと話しているときではなくて
 柴田さんが彼らにこんなふうにしないとダメだと言っていたわけではないことを
 おことわりしておきます。

理想と現実的に可能な到達点。
全国の動物園のスタッフさんがどうなれば日本の動物園はよくなるのか。
(動物園があるのは日本に限りませんが,
ここでは日本特有の構造的な問題も含めて考えるという意味で)

トナカイに与える家畜用の飼料がそもそも間違っていたなんて
見抜けないのが普通,気づくなんて無理,となったら
個々の飼育スタッフの水準を上げるより,柴田さんのような人が
動物園の(動物のではなく園そのものの)ドクターとして
診断・処方箋を出して回るほうが確実に問題点をつぶしていける…?
けど,そもそも柴田さんは現場で自分が担当する動物に毎日向き合って
試行錯誤を積み重ねることで知見を得て,解決策を見出してきたわけだから
よその園を見てできることは自分が過去に解決してきた問題以外は
動物が不健康な状態にあることを見抜くところまで…だとすると普通に獣医さんの仕事ということに。

やっぱり,全国の1人1人のスタッフの意識の底上げが一番の近道なのかも。
現場の問題として,人的障害というか抵抗勢力のような人の存在も大きかったりするわけで,
真っ当な努力を重ねてきた人が表彰されたり,マスコミで取り上げられるなどして
観客・一般市民の意識も高まってくることによって
がんばっているスタッフは,たとえ自分が受賞しなかったとしても
目指しているものは間違いじゃないとはげみになるし,
管理下の動物が不幸せな状態にあることに鈍感な関係者は居心地が悪くなる

エンリッチメント大賞はそういうことを積み重ねてきたんだなと
表彰式の中でも審査員挨拶やトークセッション等の中で
語られてきた話ではあるのですが,改めて腹落ちした気がしました。

というわけで,
次回は続く大賞・奨励賞各賞受賞園の取り組みについて。

今回の大森山動物園の取り組みでも岩手大学など外部との連携が
大きな成果につながったわけですが
次に紹介するのは,
研究機関との連携でデータ収集・解析の確度が格段に上がった取り組み,
来園者の理解が大きな鍵を握る取り組みです。




●市民zooネットワークHP
 http://zoo-net.org/

エンリッチメント大賞2019
 http://zoo-net.org/enrichment/award/2019/index.html

サポーター募集(年1口3000円)
 http://zoo-net.org/about/supporter.html

今回のイベントも20人以上の学生スタッフが参加していましたが
市民zooネットワークでの活動は動物園や水族館への就活にもけっこう生きるそう。
現場を知る人たちとの交流で厳しさを知った上で就職するので
あこがれの仕事と現実とのギャップに心折れてしまうような人は
まずいないとのこと。飼育スタッフに就職就業したい若者はぜひ
市民zooネットワークに参加してみてはいかがでしょうか。









プロフェッショナル 仕事の流儀
「ネコからゾウ、キリンまで 動物と向き合うプロたち」
劇団ひとり,森泉,椎名修,塩田眞,柴田典弘
NHKオンデマンド


 
    











posted by ドージマ・ダイスケ at 09:59| 東京 ☀| Comment(0) | このブログについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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