2018年06月11日

手塚治虫文化賞2018贈呈式行ってきました/(2)大家さんと僕の世界

6月7日(木)に都内某所で行われました『第22回手塚治虫文化賞贈呈式』 イベント。
前回エントリでは大賞受賞記念対談「この現場がスゴイッ!ゴールデンカムイ創作秘話ー野田サトルの仕事場からー」の様子までをお伝えしましたが,今回は残る特別賞の記念対談についてお送りしたいと思います。

手塚治虫生誕90周年記念対談「治虫さんと僕」
『大家さんと僕』作者・矢部太郎氏 × 手塚るみ子氏


手塚治虫文化賞2018_矢部るみ子対談.jpg

「るみ子さんには机にはりつける男性器の写真をツイートされてて
 これもむといいんですってって,いいね押したんですけど
 なんてことをしてしまったんだ会ったこともない人にって,それが最初でしたか」
「…あ,すみません,さっきの話ですが,ボールのほうです」

「僕,(受賞あいさつで)あんな1人で人前でしゃべったの初めてです」
「芸人されててそれはないでしょう」
「あんな尺(時間)をくれる演出家さんはいません。
 対談っていうのはいいですね。1人じゃないんで
 …この対談,『手塚治虫生誕90周年記念対談』って
 こんな私でいいんですか?」

るみ子さん 「『大家さんと僕』は,日常のなにげない出来事をつづった作品ですが
 手塚もデビュー作が『マァちゃんの日記帳』という4コマ漫画で,
 この手塚の原点を思いださせるような作品でした。
 贈呈式で矢部さんは手塚に嫉妬されたい,っておっしゃってましたけど
 手塚がこの作品を読んだら,俺でも描けるっていいそう。
 まずは大家さんを探すところから始めそうですね。
 トキワ荘に大家さんがいたかは知りませんけど」




『大家さんと僕』はマンガとしても表現がすごい。
 大家さんの髪が風でゴムのように変形して」

「よく風を受けるんです。僕もよく風を受けるんですけど。
 手塚先生の『マンガの描き方』,これを読んで。名著です
 これに人間の体はゴムまりのようだって(伸縮自由に描けばいい)」

「青梅街道を車で走るシーン,あそこで突然実話から
 空想の世界に光景が飛びますよね。あそこが大好きで」

「あのシーンの車も手塚先生の『新宝島』の自動車からなんです。
 あそこから一歩も先に進めない」

「矢部さんは(手塚治虫)ファンクラブに入っていたそうで」
「はい,今回父が会員証送ってくれたんですけど。1990年入会。
 (るみ子さんは)ファンクラブ入ってないんですか?」
「入ってませんよ。ファンじゃないしw
 家族っていう,ある意味ファン以上の存在ですけど」

「90年に先生が亡くなった後,近代美術館の展覧会に行って
 手塚先生のことをもっと知りたいと思って入ったんです」
「抜けられたのは?」
「91年くらい…経済的な理由で」

「矢部さんのファースト手塚治虫は?」
「『まんが道』です」

「?!」
「藤子不二雄先生の。それまでブラックジャックとか読んでましたけど
 『まんが道』を読んで手塚先生はこんなすごい存在なんだって
 ズドンってきて,そこから『地底国の怪人』とか『新宝島』で
 どんなにすごい革新的なことをしてきたんだってわかるようになったんです」
「若い人で『まんが道』から入った人 多くて,
 藤子先生には頭が上がらないです」


手塚治虫の作品で印象に残っているのは?
「僕は『火の鳥』です。
 僕の世代あるあるなんですけど,図書室にある唯一の漫画で。
 難しくてわからないことが多かったですけど後からわかったり。
 あと,『ガラスの地球を救え』」
  

「漫画じゃないんですね」
「すごくわかりやすくて,子どもにも読めておもしろいですよね」

おとうさんが絵本作家だそうで。影響を受けましたか?
  

「絵は身近でしたね。僕も小さい頃描いてたかもしれません。
 (るみ子さん)ご自身は絵を描いてたとか覚えてますか?」
「私は父の書き損じとかあって絵は小さい頃からよく描いていました。
 ただし仕事場には入っちゃいけないって母に止められていたので
 どうやって漫画を描くのか,大きくなっても全然わからなかった」


「僕は子供の頃,絵や漫画を描くより新聞をつくってましたね。
 太郎新聞って。宮武外骨の外骨新聞とかにならって。
 いとこの女の子が漫画を寄稿して,それ載せていました。
 おもしろかったので,一編集者として楽しみでしたね」

お父さんは矢部さんの漫画についてどうおっしゃってましたか?
脱力感がいいねって」
「それは最高の誉め言葉ですね」

おとうさんは紙芝居も描いたりアニメーションの本も書かれたりしている
「父は絵を描くのが好きで,
 食事の前に,ちょっと待って! って,おかずを描き始めたり。
 描き終わるまでみんな待ってる。インスタのはしりですね
 動物園とかいっしょに連れてってもらって絵を描いたりしてましたから
 やっぱり僕も絵を描いてたかも」

大家さんとの話は,コントにするとか文字の本にするよりも
絵が一番表現するに合っていたんですね

「そうですね。文字で表現する,コントにするとか
 想像もできません」


贈呈式であいさつ,講評をされる誰もが
各受賞作のなかでいちばん『大家さんと僕』と矢部さんについて
たくさん語っていましたが
うん…やっぱり人柄というか,作品を通じて,そして実際に会って
彼を知ると放っておけないものがあるなあ,もってるなあ
ちょっと,なんだかんだでエリートじゃねえかって思っちゃったりしましたけど(;^ω^)


こんなしあわせたっぷりの対談の他にも
3日前の2018/06/04(月)に自称「育ての親」,T部長こと土屋敏夫さんとの
地獄のようなトークショーも行われましたので,見られる環境の方はぜひ(;^ω^)。













緊張すると手が股間にいってしまう癖があって,先輩芸人たちから
絶対やるなよと警告されていたとのこと。贈呈式や対談では大丈夫でした^^




定本 オサムシに伝えて (立東舎文庫)
2017/2/20
手塚 るみ子


手塚治虫文化賞公式サイト | 朝日新聞社インフォメーション
http://www.asahi.com/corporate/award/tezuka/11374716


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posted by ドージマ・ダイスケ at 06:34| 東京 ☔| Comment(0) | このブログについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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