2018年06月10日

手塚治虫文化賞2018贈呈式行ってきました/(1)ゴールデンカムイの世界


5月の大型連休中に八景島に行った報告をうpした後、この1か月余り、ペンギン4コマを描いたり(Twitterとpixivにはうpしましたがこちらには上げてなないです)各種イベントに出かけたりで、インプットはあるのですがアウトプットができていない状態が続いていました。

久々更新の今回は、6月7日(木)に浜離宮朝日ホールで開催されました第22回手塚治虫文化賞贈呈式・記念イベントに行ってきたレポートを上げたいと思います。
本イベントは、過去第14回(大賞:『へうげもの』)、第15回(大賞:『JIN-仁』、『竹光侍』)、第18回(大賞:『3月のライオン』),第19回(大賞:『逢沢りく』)と観覧してきて、今回は久々の参加。
17時開場18時開演ということで早めに会場に行ってみると、
これまでの会場フロアからエスカレーターで上の階に案内され。
一般客300人を招待できる広いホールに会場を移したんですね
(1階席の前3分の1のブロックは関係者招待席)。

絵はがきセット、クリアファイル、記念ピンバッジガチャが販売される物販の列に並んだ後、
全席指定で渡された番号の席で待機。時間がきてイベントは始まりました。
手塚治虫文化賞2018_冊子・グッズblg.jpg
(サイン入りイラストパネルとかアイヌ関連実物資料など
 いろいろいいものが展示されていたのですが
 スマホを忘れて写真が1枚も撮れないという大失策;><)


朝日新聞社長のあたりさわりのない
各賞受賞作品についての紹介、
来賓祝辞で手塚プロダクション松谷社長からのざっくばらんな激励
(いつも来られている手塚眞さんは映画撮影中とのことで欠席)
手塚治虫文化賞2018_朝日新聞社長.jpg

手塚治虫文化賞2018_手塚プロ社長.jpg
「ゴールデンカムイ、主人公と女の子のコンビということで、
 どろろと百鬼丸、BJとピノコを思い出しました。内容は全然違いますが。
 皆さん続きを楽しみにしてるので頑張ってください」
「BEASTARS、いくつも賞をとられて大変だと思いますが
 頑張って続けてください」
「大家さんと僕、矢部太郎さん、目の前にいます。小さいですね。
 作品を読んですばらしい人だと思って、実際に会ってみるとすばらしい人でした。
 よくわかんないけど。漫画の世界に首突っ込んじゃったんだから頑張ってください」
「ちば先生、何もいうことないです。水木先生は90まで続けたのだから
 もっと描いてください」

選考委員の里中満智子先生からの講評
2日前から突然のどをやられて全然声の出ない状態で
簡単にすませるのかと思いきやめちゃめちゃ丁寧に1作1作講評と励ましのコメントを
述べられていました。
「『ゴールデンカムイ』、これだけ何でもてんこ盛りの作品は
 下品になりかねないのですが、そうならなかったのは
 作者の志の高さ故だと思います」
「『BEASTARS』、動物の擬人化が新しかったから評判になったとか
 そういうことではなく、ドラマがあってそこに惹きつけられるものがあった」
「『大家さんと僕』、器用な芸人さんが片手間に描いたものと思って
 読んでみたら、1ページ読むごとに衝撃を受けて、どうしてこの人
 芸人やっているんだろう、最初からこっちにいればいいのにと思いました。
 大家さんと出会わなくてもこの人は何かしらの作品をものにしたと思います。
 描き続けて、大家(たいか)になってください」
「『ひねもすのたり日記』は十数年ぶりの作品ということで
 ちば先生には首を絞めるように、もっと描いてくださいとお願いしました。
 水木先生は90歳まで描き続けました。
 やなせ先生は94まで描き続けました。
 上田敏子先生は93まで描き続けました。
 ちば先生には105まで書き続けていただきたい。なんで105かはよくわかりませんが」


続いて贈呈式。
●大賞の『ゴールデンカムイ』野田サトル先生は顔出しNGということで
マスコミ関係者すら撮影NG。
過去には授賞式用の代役を立てられた今日マチ子先生のような例もありましたが
この後ご自身がトークイベントに出られるんでそういうのも変ですしね。
手塚治虫文化賞2018_野田サトル先生.jpg
※受賞関連記事で自画像に使われていたのが作中のキャラ辺見和雄だったので
 いちおうその顔を代わりとさせていただきます。
 よりによって辺見…(;^ω^)


「ちょうどアニメも始まったタイミングでの受賞で
 話題になるかなと思っていたのですが
 同じ日に山口メンバーの報道があり
 親からも友人からも連絡ありませんでした」



新星賞『BEASTARS』板垣巴留(いたがき・ぱる)先生
顔出しNGということでニワトリの被り物で登場。
かなりでかいチキンヘッドだったので報道映えはしましたw
手塚治虫文化賞2018_板垣巴留先生.jpg  


「色々な方から励ましの言葉をいただきまして
 自分で言うのもなんですがまだ若いので
 全力で描き続けていきたいと思います」

メイン2賞の作者が露出辞退のため
イベントが終わった後の全員記念撮影もありませんでした。



短編賞『大家さんと僕』矢部太郎
手塚治虫文化賞2018_矢部太郎先生.jpg  


「手塚先生は聞くところによると、若手の漫画家の作品に
 嫉妬することがあったといいます。失礼かもしれないけど、
 少しでも嫉妬してもらえたらうれしいなと思いました。

 芸人として約20年やってきて斜陽を感じているときに
 こんな思いもかけない栄誉をもらえて本当によかったなと思っています。

 僕は今40で、38で描き始めたんですけど、幸運だったのは
 普通なら38で漫画家やりたいって言ったら周りは全力で止めると
 思うんですけど、僕の場合は人から描いてみなよって言ってもらえて
 倉科遼さんは自費出版してでも出したほうがいいって言ってくださって
 相方の入江くんも、、、僕は覚えてないんですけど本人が言ったと
 言っているのでたぶん言ったんだと思います。

 僕は38だけれど18だと思っていて、
 だから今ハタチなんです。これは効果があって
 ちょっとくらい心配してもいいから
 やってみようって気になるんです」

小柄でスーツ姿も大きく感じる少年のような風貌の矢部さん。
今ハタチで何でも挑戦できるという言葉も
どことなく説得力がありました。


特別賞『ひねもすのたり日記』ちばてつや
手塚治虫文化賞2018_ちばてつや先生.jpg  


「水木(しげる)さんがビッグコミックで最後の4pを連載されていて
 ちょっとピンチヒッターをと頼まれて始めたのがこの
 『ひねもすのたり日記』です。3回まで描いたところで突然
 水木さんが亡くなって、これは託されたのかと描き続けました。
 
 手塚治虫文化賞をいただいて、手塚先生とのご縁なんですが、
 昔から、こんなので自分は漫画家といっていいのかって自信がなくて
 引っ越しとかで職業を書くとき漫画家って書けなくて、自由業って
 書いていました。
 そんなとき、同じ引き揚げ者で一緒に旅行とかにも行ってた、
 『レモンハート』とか『ダメおやじ』とか描いてた…えーと…
 Fさんが手塚先生のアシスタントをやっていて、あるとき先生が
 少年マガジンを持ってきて『あしたのジョー』について
 これのどこがいいんだと聞いてきたそうなんです。
 古谷さん、いやFさんが、リアルでかっこいいところじゃないですかねえって答えたら
 手塚先生は、バーン!てマガジンを床に叩きつけて踏んずけたっていうんですよ。
 それを聞いて僕はうれしくてね…それから自信をもって
 職業は漫画家って言えるようになったんです」

  



■■贈呈式の後は、トークショー2部構成の記念イベント。

●前半は、編集担当の大熊氏を進行に、『ゴールデンカムイ』アイヌ語監修を
 担当された千葉大教授の中川裕先生を迎えての記念対談
 「この現場がスゴイッ!ゴールデンカムイ創作秘話
  −野田サトルの仕事場から−」

手塚治虫文化賞2018_野田中川対談.jpg
手塚治虫文化賞2018_中川裕先生.jpgこれはもう、野田先生が引くほど中川先生が熱かったのが印象的でした。
たしかに、監修のオファーがあった時点で濃密に取材されていて、
アシ(リ)パさんの衣装・道具が一揃い身につけられたイラスト1つだけでも
かっこいいだけじゃなくて、
これらの形や着方・使い方が伝わる資料はこの世に存在しないレベルで
自分の研究している文化が何百万人の目に触れることができるエンターテイメント作品が生まれ
それの監修に携われるってのは、それは意気に感じるでしょうね。


最初の話題はアシ(リ)パさんの名前決定について。
※アシリパの「リ」は小文字表記
作中で「新年」「未来」と説明されていますね。
野田先生が候補として最初に挙げられた候補は中川先生が却下し、
次に提案された4つほどの案の中から選ばれたとのこと。
このときステヌという案もあって、
野田先生「これは実在したアイヌ女性の名で、日本人にみそをもらって
 ウンコだと思い込んで食べなかったというエピソードの元になった人です」

アシ(リ)パさんがおばあちゃんに「女性は(口の周りに)入れ墨をいれなさい」と言われ
拒否するシーンがあるが、1880年頃には入れ墨禁止令が出されているので
作中の時点ではむしろしてはダメ。ただしそれ以前にしてる人は入ってることになる。
野田先生「入れ墨は針で刺すんじゃなくて、放射状に切り込みを入れていくんですよね。
 灰とツバで入れます」
中川先生「囚人の入れ墨は?」
野田先生「なんでそっちの話になるんですか。そっちは違いますよ」

すごくディテールの1つ1つが気になる中川先生、
アシ(リ)パさんの履いているものがすごく気になったそうです。

「読者の方から問い合わせがあって、これは何ですか?と。
 そもそもアイヌの女の人は狩りに出ないんですけど、男の人も靴以外履かないんです。
 女性は下着もシュミーズみたいなやつで、何も履かない。つまり生足。
 でも野田先生はタイツを履かせている。
 ももひき履かせたって言ってましたけど、ぴったりしたタイツ。
 この時代タイツは存在したのか調べたら、フランスとかすでに発明されている。
 日本ではどうか?小樽だ!経済的にも発展して先端の文化も入っていた
 小樽では、女学生が当時既に履いてたという事実を
 発見したんですよ!!アシ(リ)パさんはここで入手したんだと」
野田先生「なにそんな一生懸命調べてるんですか…w
 つまり事実がフィクションに追いついた瞬間ということで」

フィクションを織り交ぜつつも
これだけの情報を収集された野田先生、文献だけでなく、
実際に樺太アイヌの方なども訪問されて当時の暮らしも取材されたとのこと。
狩りや漁に同行し、獲物の解体でバシャバシャ写真を撮っておかしな人と思われたり
食べないほうがいいと言われながら脳や内臓を食べてどん引きされたり
五感で吸収した情報が作品に血肉を与えているんですね。

中川先生「この作品が社会に与えたインパクトは計り知れない。
 多くの人にアイヌ文化の存在を知ってもらえて
 これをいい方向にもっていくか、悪い方向にもっていくか
 これっきりで終わってしまうかは我々次第」

野田先生「アイヌの方を色々取材してきて言われたことは一つだけ。
 かわいそうなアイヌは描かないでくれ、強いアイヌを描いてくれと。
 ただ自分はできるだけ史実に忠実に描こうと。
 フェアであるか、それを常に考えながら描いています」

アイヌと日本政府の歴史においては強制移住などデリケートな問題も多く
気に食わないと迫ってくる人もいるそうですが、
盾になってくれているのが大熊さんたち版元の方だと
感謝も述べられていました。


最後はウコチャヌプコロ(動物の交尾)と
「カズレーザーは高校の同級生でした」という秘話。
野田先生、照れ屋なのか小ネタをぶっこんで
締めたトークイベントでした。

この後、『大家さんと僕』矢部太郎さんと手塚るみ子さんの対談
「治虫さんと僕」ですが、長くなりましたのでひとまずここでうpいたします。

  



手塚治虫文化賞公式サイト | 朝日新聞社インフォメーション
http://www.asahi.com/corporate/award/tezuka/11374716


■関連記事
手塚治虫文化賞贈呈式行きました2015
手塚治虫漫画賞贈呈式行きました2014
手塚治虫文化賞2011贈呈式行ってきました
posted by ドージマ・ダイスケ at 14:26| 東京 🌁| Comment(0) | ◆イベント・生物オリンピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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