2010年01月15日

ギャグとコメディの違いって?

昨日,ツイッターをやってることを書きましたが
漫画家の先生方のアカウントを100人分近くまとめたリストを
私は持っていて,よく読んでいるんですよ。

そんな漫画家リストに登録した先生の1人に
週刊少年サンデー『オニデレ』を連載のクリスタルな洋介先生がおりまして
この漫画,一昨年の10月に当ブログでも書きましたが,すっごく好きな漫画なんですよ。
http://ddaisuke.seesaa.net/article/108245256.html

そのクリスタルな先生からふと
ツイッターの海に投げかけられたお題がこちら。
コメディとギャグの境界線ってなんだろう?自分じゃギャグ描いてるつもりだけど。もしコメディ描くとしたら、どうなる・・・・・???
10:24 PM Jan 13th from web

で,しばし考えちゃったわけですよ。
(ていうか,答えの発想自体は瞬間的に浮かんでくるんですが)

※週刊少年サンデー連載中!

『オニデレ』はカテゴリー的に考えればまちがいなくギャグ漫画です。
主人公の正(『ドラえもん』でいえばのび太,『ハルヒ』でいえばキョン)
以外はほとんどが天然キャラ,ボケと暴走と破壊的な
リアクションが高密度で繰り出され,
誰もが思わずプッと吹き出し笑ってしまう

でも,僕から見ると立派なラブコメとしても成立してるんですよね。

では,ギャグ漫画であるはず『オニデレ』のどの部分がラブコメで,
ギャグ漫画はどこがコメディと違うのか。
典型的なラブコメと比較して考えてみましょう。
ラブコメ王と称しても過言ではないあだち充先生の作品を
イメージしてもらうと,
コメディは日常,ギャグは非日常
ということにまず気づくことでしょう。

南ちゃんや達也・和也はもちろんのこと,
三枚目キャラの原田ですら校舎を破壊したり
地割れを引き起こしたりはしませんし
逆に『オニデレ』の世界では,普通の中学生である正も
車にはねられても死んだりしないでしょう。

ですから,ギャグ漫画をコメディに変更するとしたら
特撮なしの実写でできる範囲の行動・現象におさえる
ということが演出の要といえます。

手塚治虫先生が著書『マンガの描き方』でネタを分類された際,
「不条理ギャグ」という項目を1つ設けられたように,
不条理までいっちゃう現象はギャグになるわけですよね。

また,日常的と非日常的の違いというのは,
コメディは常識,ギャグは非常識ということもできます。
『みゆき』や『H2』,『クロスゲーム』で,アダモちゃんや
キタキタおやじ
のようなキャラがレギュラーで登場していたら,
仕分け作業でギャグの箱に入れられることは
避けられないでしょう。
(SFのように作品世界の設定自体が常識の範囲を超越している場合は別。
 上の例の場合『虹色とうがらし』ならあり,ともいえます。
 ドラマ版『夜王』で北村一輝さん演じた聖也などはかなり
 きわどい域まで達していたと個人的には思うのですが,舞台が
 ホストクラブという非日常的な空間のためありだったのでしょう)


実写の場合「ギャグ映画」「ギャグドラマ」という言い方がないので
『Mr.ビーン』などは「コメディ映画」ということに
なるのでしょうが,ここで考える「ギャグかコメディか」でいえば
「こんなやつ,いねぇよ!」という点からギャグのほうに分類できると思います。

また,現象・表現面での違いとしては,
コメディはエピソードを楽しみ,
ギャグは瞬間的な現象を笑う

といった性格もあると思います。


一方,(ここからが本題です)
『オニデレ』が内包する要素のどの部分がコメディなのか?

私はですね,ラブコメは「やきもき」を楽しむジャンルだと思うんですよ。
(障害なくくっついちゃってひたすらデレデレしまくる作品もあるかも
 しれませんが,ちょっと例が思い浮かばないです。そういう場合,
 おそらくはギャグに走らないと話がもたないと思います)

読者は,主人公のカップルがくっつきそうでくっつけない状況をもどかしく眺め,
お互い相手を大事に思う気持ちをほほえましく見守る
そんな気持ちを読者が抱くかどうか,これがもう1つの
コメディとギャグの境界だと考えるわけです。
(ですから読者によって規準が異なることになりますね)
すなわち,
コメディには共感,ギャグには客観
違う距離感,YO!YO!


ということです。

楳図かずお先生がテレビ(『マンガノゲンバ』ですが)で
語っておられました。

「主人公が得体の知れない化け物に追いかけられている。
 これを主人公の視点から見ればホラーだが,
 同じシーンを遠くから俯瞰して見ればギャグになる」


状況を変えて,
この「ホラー」を「コメディ」に置きかえても
同じようなことが言えると思います。

※イヤミやチビ太,ハタ坊が出てくるのはこちら。

※ジャンプ連載陣の中で唯一?!主人公の設定ゆえにアニメ化不可能を宿命づけられた名作w

いいかえると,
登場人物に感情移入できるか
読者側にとってのコメディとギャグの境界線ではないか
と思うわけです。

バカボンパパの「これでいいのだ!」やイヤミの「シェー!」
をまねする人はいても,作品中の彼らの行動に感情移入することは
あまりないと思います(さんざん嫌な思いをして,最後に
爆発したり,悪い奴をこらしめるような例はあると思いますが)
『いぬまるだしっ!』で常に下半身まるだしの幼稚園児
いぬまる君に園内はおろかプライベートでもつきまとわれ
さんざんトラブルにおそわれるたまこ先生にいちいち共感・同情
してたら笑えないわけで。

ただ,距離感といってしまうと語弊があるのが,
千原ジュニア氏が大阪から東京に進出した頃
「仲のいい友だちが屁をこいたら
 『なんやこいつ(笑)』って,ギャグになるけど
 知らないおっさんに近くで屁をこかれたら
 『なんや,こいつ!』って,ケンカになる。
 (東京の)お客さんに笑ってもらうためには,
 まず自分たち(千原兄弟)を知ってもらわないといけない」

と語っていたように,親近感というのはギャグでもコメディでも
必要
なんですよね。


でまとめますと,コメディとギャグ漫画の違いは,

現象・表現面で
(1) コメディは日常・ギャグは非日常
(2) コメディはエピソード,ギャグは瞬間現象

読者の心情として
(3) コメディには共感 ギャグには客観


ということじゃないかと思います。
いかがでしょうか?


(2)に関しましては,
 そもそもコメディが作品全体を指すのに対して
 ギャグは1つ1つの笑いの素を指している言葉ですから
 両者の違いはというとどこかでねじれが生じるわけで
 どこで割りきるかでも人によって違った説明がされると思います。(^_^)


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ラベル:笑い マンガ論
posted by ドージマ・ダイスケ at 20:14| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ド素人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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