2008年08月13日

教科書検定残酷物語・プラナリア掲載の「裏」

木原アイコンs
さて、昨日は高校の生物教科書からプラナリアが消えた話をやったけれど,ちょっとそのへんの突っ込んだ話をしてみたいと思う。
教科書検定というと,戦時中の日本軍が悪いことをしただのどうだのといった話を文部科学省に削除させられたとかどうとかいう歴史認識やら領土問題やらの政治的な話がニュースになるんで,社会の教科書に対してばかり国がうるさいことを言っているようなイメージがあるかもしれないが,実は理科の教科書,特に生物のほうがはるかにきつい検定を受けてきてるんだ。

美加理アイコン(hmu)s
理科の教科書の検定できついって,どんなことなんですか?

木原アイコンs
たとえばだな,このデータを見てみ。

【資料】平成12年度教科用図書検定結果の概要
  http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/kentei/020401.htm


これ,学習指導要領が今のバージョンに変わって最初に行われた教科書検定の結果なのだが,このときの検定で提出された教科書が普通教科で321点。このうち不合格になったのが「生物T」3点,「芸術I」2点,「英語I」1点の6点。全教科では申請数の2%しか検定に落ちていないのに,そのうち半分が「生物I」ってわけ。生物Iの申請点数が12だから不合格率25%だぞ。

涼アイコン(ee)
すごいですね…。
なんでこんなことになるんですか?

樅男アイコンs
生物Iだけ極端にレベルの低い出版社や編集担当者が集中してるってことじゃないよな?


木原アイコンs
むしろ,シェア上位の出版社が不合格になってるんだな,これが。
しかも,大手の会社は詳しい教科書と内容を軽めにした教科書の2点を出す場合が多いのだが,主力となる詳しめの教科書のほうが落とされるんだ。
「不合格」ももちろん出版社にとって大きなダメージなんだけど(※),検定を通った教科書も山ほど「検定意見」をつけられて,それをすべて修正しないと認められない「条件付き合格」なんだな。この修正作業が,マスコミなどでは報じられることのない残酷物語なのだよ。指摘箇所が200や300なんてのもザラ,1つの「検定意見」でほとんど本全体に影響が及ぶようなケースもあるんだ。

樅男アイコンs

出た。インサイダーぶった秘話のご披露が。

※この年不合格になった「生物I」の教科書3点はいずれも翌年の検定に再提出して合格しています。しかし,このとき行われた「生物II」の検定では,また提出8点中2点が不合格の憂き目に遭っています。(||゚Д゚)

美加理アイコン(hmu)s
4冊に1冊は不合格で教科書を出せないきつさ,
合格になった教科書も,しんどい修正作業をしないと出せないきつさがあるってことですね。
けど,理科だと社会みたいに政治問題がどうとかいうことはないですよね…?
間違いとかあったら教科書として困るし…文部科学省が細かいところまでちゃんとチェックしてくれてるんなら,修正が多いのもしかたないんじゃないですか?


木原アイコンs
「不合格」になるような本については,致命的なミスがいくつもある,もしくは細かいミスが多すぎたってことが言えるんだけど,各社の教科書にそれぞれ100の単位でつけられる大量の「検定意見」は,多くが「学習指導要領の範囲を逸脱している」とか「学習指導要領の趣旨に沿っていない」というものなんだよ。

基本的に,教科書を書く側,著者や出版社はとにかく詳しい本を出したいんだ。いろんな事例を挙げて,図やグラフなんかも載せて…。その教科書を使う高校の先生たちも,最近はちょっと状況が変わってきてはいるけど,「抜けの少ない」教科書を採用したいというのが大方の考え方なんだな。だから,教科書を出すほうは,他社が載せてる内容はもれなく載せたいし,研究が進んで新しくわかった事柄なんかも盛り込みたいし,そういう本が売れると考えて教科書をつくるわけだ。
反対に,検定で教科書を審査する文科省のほうは,なんでもかんでも詰め込んで内容びっしりの分厚い教科書なんか作られたらたまらない,学習指導要領の範囲内で作れ!というわけで,「範囲外」の内容をあれも削れこれも削れとビシビシ「検定意見」をつけるわけだ。

史絵アイコン(niko) s
その検定意見に対して内容を修正してはじめて教科書が学校で使えるようになるんですね。
でも,教科書会社はなんでわざわざ「学習指導要領の範囲外」の内容を載せてくるんですか?

木原アイコンs
これがだなあ,要するに,
学習指導要領には,載せていい範囲,載せたらいけない範囲というのがほとんど具体的に書かれていないんだよ。
たとえば,「生物I」について教科書で扱う内容を,学習指導要領ではどう書いているのか。

(1) 生命の連続性
 細胞,生殖と発生及び遺伝について観察,実験などを通して探究し,生物体の成り立ちと種族の維持の仕組みについて理解させ,生命の連続性についての見方や考え方を身に付けさせる。
ア 細胞  (ア) 細胞の機能と構造
   (イ) 細胞の増殖と生物体の構造
イ 生殖と発生  (ア) 生殖細胞の形成と受精
   (イ) 発生とその仕組み
ウ 遺伝 (ア) 遺伝の法則
   (イ) 遺伝子と染色体
エ 生命の連続性に関する探究活動

内容の取扱い
(1) 内容の構成及びその取扱いに当たっては,次の事項に配慮するものとする。
  (略)
(2) 内容の範囲や程度については,次の事項に配慮するものとする。
  ア (中略) 内容の(1)のアの(イ)については,体細胞分裂によって様々な機能をもつ組織や器官をつくることにも触れるが,基本的な事項にとどめ,羅列的な扱いはしないこと。イの(ア)については,有性生殖を中心に扱い,生活環は扱わないこと。(イ)については,卵割や発生様式の羅列的な扱いはしないこと。発生の仕組みを扱うに当たっては,探究の過程に重点を置き,平易に扱うこと。分化についての分子生物学的な扱いはしないこと。(以下略)

今このブログで扱ってる,プラナリアについていうと,関係する内容は,組織の形成や再生について扱う項目の「(1)ア(イ)生物体の構造」か「(1)イ(イ)生物の発生」だな。で,実際に載せるとすれば後者の中の「発生の調節」に関連して扱うってことになるんだが,読んでもイモリやプラナリアの再生が載せていいのか範囲外なのかわからないよな。
だから,載せたい内容は載せて一度教科書をつくってしまって,文科省に提出するしかないわけ。「意見」がつけるかどうかは文科省次第ってわけだ。

【参考】「[解説]高校教科書検定…1冊で383か所指摘も、文科省の厳しさ浮き彫り」(YOMIURI ONLINE −2008年3月26日 読売新聞)

【参考】【談話】2007年度高校教科書の検定結果について
  2008年3月25日 俵 義文(子どもと教科書全国ネット21事務局長)

 > 検定合格した生物U(1点)に対しても、242の検定意見がつけられている。07年度検定の検定意見数は平均24であるから、約10倍という異常な意見数である。前年の06年度検定においても、平均意見数26に対して、生物Uは平均263と異常な多さであった。ちなみに、06年度検定では物理U平均58、化学U平均94と理科全体に意見数が多いという異常さが目についた。


【現在はプラナリアもOK〜[発展的内容]】
美加理アイコンs
でも,「発展」として,本文と区別した枠囲みでならプラナリアの再生についても載せていいことになったんですね?

木原アイコンnika_s
そう,これは去年から学校で使われている「生物I」の教科書(平成17年度検定)からなんだけど,「生物II」は4年前の教科書(平成14年度検定)からもう認められてたんだ。
つまりこれは,今の指導要領に変わった早々「ゆとり教育」批判が激化してな。教科書が易しすぎる,学習指導要領は「最低ライン」のはずで,範囲外の内容を厳しく排除するのはおかしいという指摘を受けて文科省も方針転換せざるを得なくなったわけ。でも「生物I」の検定はもう終わっちゃってるし,まだ制作途中の「生物II」について急きょ「発展的内容」の掲載を認めたってわけだ。

樅男アイコンs
柔軟な対応と言いますか,場当たり的,いきあたりばったりな政策ですな。
ああ美しい国,ニッポン!(←とりあえず言ってみた)


木原アイコンnika_s
でもやっぱり検定する側は「学習指導要領に基づいて作れ!」というのが基本方針だから,「発展的内容」ばかりドバドバ載せられても困るし,ページ数の上限(教科書全体のページ数に占める割合)を決めてるらしいんだけど,あくまでも文科省側の裁量なんで,具体的な数字はブラックボックスなんだな。

美加理アイコン(ee)s
けど,細かい内容の1つ1つについては教科書に載せていいかどうか,学習指導要領に書いてないんですよね。検定を受けるほうも,10冊以上の教科書にそれぞれ200も300も検定意見をつけるほうも大変なんじゃないですか…?

木原アイコンnika_s
書類上の手続きは文科省の職員,お役人が関わるけど,検定意見をつけるのはその教科の専門家,「審議官」というお偉い人がつけるってことになってる。だが,その「審議」の過程は完全非公開で,実際に「検定意見」を出版社側(著者や編集者)に通達したり修正内容について交渉したりするのは「調査官」という人。物化生地それぞれ何人かずついて分野ごとに分担してやってるんだが,まあ大変だろうな。だいたい大学の教授とかから文科省に移籍してくるみたいだけど,見事に役人的な性格らしいぞ。几帳面というか細かいところにうるさかいというか,揚げ足をとらせないとか…

樅男アイコンs
おまえ、会ったのかよ?!



【裏ワザ?】
美加理アイコン(hmu)s
この,今プラナリアを載せている教科書の会社,これとは別に検定でひっかかるような内容が通ってたりしたんですか?

木原アイコンnika_s
今の教科書にも「探究活動」って載ってるよな。
単なる「観察」や「実験」ではなく,自分の頭で仮説を立てて実験計画を考えて,実験結果を検証しろという,「科学的思考」を身につけるための今の高校理科のキモみたいなものだな。

美可理アイコン(niko)s
このブログでも,この考え方についてはちょくちょく出てきますよね。
生き物について疑問に思ったことを自分で検証してみて新たな発見があるって,すっごく面白いですもんね。

木原アイコンs
ところがなぁ,教科書を作る出版社にとっても,教科書を使う高校の先生にとっても,この「探究活動」はおそろしく邪魔なもんだったんだよ。

美加理アイコン(hmu)s
えぇ?

木原アイコンnika_s
昔からこういった実験観察のたぐいは,積極的な先生は教科書に載ってても載ってなくても関係なくやるし,やらない先生はやらない。だいたい高校にもなると大学受験を意識して実験の時間を削る場合が多いわけだ。
そこで,今の学習指導要領になる前の制度,平成4年の教科書検定では,「探究活動をとばさないよう,探究活動は本文の途中に組み入れて,探究活動の結果を受けて本文を続ける形にせよ」という,指導,というか「意見」がつけられたわけ。

史絵アイコン(tohoho)s
え?!教科書をつくって検定に提出した後になってからですか?!
それって…教科書全体を大幅に書き換える必要が出てくるんじゃないですか?

木原アイコンnika_s
しかも,それまで「探究活動」なんてものは高校の教科書には全然存在しなかった(義務教育ではもちろんのことな)ものだから,章末か編末にでも大きめの実験ページを入れておけばいいかという会社が多くてな。「従来の『観察・実験』とは別に,新たに『探究活動』を入れろ」「件数もページ数も少なすぎる(具体的に何ページ入れればいいかは言わない)」「実験方法のほか[仮説][結果][考察]を入れないと探究活動とは認めない」「探究活動の結果を受けて続きの本文を読むのだから,具体的な実験結果を入れること」といった取り決めが,全部検定意見の通達時に伝えられて,もうてんやわんやの大パニックよ。これを全部直した「修正表」を40日(現在は35日=5週間)で提出せよ,1日でも遅れたら不合格ってんだから。

樅男アイコンs
「ひでぇ話」と言いたいんですな?

木原アイコンs
このときの検定で提出された「生物IB」,合格8点に対して不合格5点。不合格率38%だ!

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoukasho/kentei/930601.htm

涼アイコン(うう…)
むごいです…

木原アイコンnika_s
そんな中,某K社の「生物IB」教科書の探究活動は,ぜんぜんそんなふうになってなかったわけ。
あれはミラクルだわ…。

美加理アイコン(hmu)s
この話,なんかやばそう…。

樅男アイコンs
とりあえず,当ブログでは教育界の事情についてこれ以上のコメントは差し控えさせていただくということで。


※細かいルールやデータについてはさらに詳しく調べる必要があります。
大筋では事実と考えていただいて結構ですが,もう少し推敲の必要がある内容ではあります。
今回は,漫画の内容に関する補足ということでここまでの記述にてご容赦いただきたいと存じます。


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posted by ドージマ・ダイスケ at 19:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 教育界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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