2018年06月18日

ノーベル賞有力候補のモヒカ博士に会ってきた

本格的に梅雨ですね。5月末まで夏本番の暑さがやって来ていましたが,梅雨が来て一転,日中でもひんやりするような日が続いています。日本に梅雨がなかったら7月8月の暑さはどんなことになってしまうでしょうね。

さて今回は、前回うpしました手塚治虫文化賞贈呈式から約1週間遡りまして,6月1日(金)に行われました「セルバンテス アカデミックフォーラム:フランシス・モヒカ博士を迎えて」について簡単にレポしたいと思います。

1806 セルバンテスアカデミックフォーラム.jpeg

フランシス・モヒカ博士Francis Mojicaは,今,急速に研究・応用が進んでいるゲノム編集において非常に安価・自由度が高く容易に実験できる技術「CRISPR(クリスパー)」において重要な研究・発見をされたスペインの生物学者。

東京・市ヶ谷に,スペイン語とスペイン語圏文化の普及を目的に、スペイン政府が設立した文化施設「インスティトゥト・セルバンテス東京」(セルバンテス文化センター)がありまして,モヒカ博士が来日してここで一般向けの講演を行うというのです。
1806 セルバンテス文化センター.JPG
現在スペインで最も傑出した科学者の1人といえば、間違いなくアリカンテ大学のフランシス・モヒカ博士でしょう。博士はバクテリアが自身の免疫システムを持っていることを発見し、その自然のプロセスを利用して、まるでコンピューターでの文書編集ほどの容易さで遺伝子組み換えができる技術を開発しました。この貴重な発見は無数の分野に応用ができアルツハイマー病や癌の治療につながる可能性があります。大きな反響をよんでいるこの発見の過程を一般の方に向けて、微生物学者である博士にご紹介していただきます


サイエンスポータルのイベント情報,たまたま見てみたら
 こんなレアな無料イベントの機会に出くわすなんて。
 チェックしてみるものです。
 https://scienceportal.jst.go.jp/events/events.php


受付を済ませ,同時通訳の受信機を受け取って会場内へ。
階段状の通路に追加の椅子を並べるくらいの超満員の人が集まりました。
(私自身,その追加席に座ることになるぎりぎりの参加でした(;^ω^))

スペイン大使館の参事官の方からの略歴紹介などがあった後
登壇されたモヒカ博士。
一般向けの講演ということで,「ヒトの細胞には23組の染色体が。
これは両親から遺伝情報をおさめた本を23冊ずつ受け継いだようなものです」
という予備知識から,クリスパーゲノム編集に関する説明へと
順を追って話を進められました。
1806 フランシス モヒカ博士_講演「ADN」編集.JPG
DNAがスペイン語では「ADN」になるんですね。


クリスパーCRISPRとは何か?
細菌が細菌(←ウイルスのことだと思います)の感染に対する免疫機構として
感染者のDNAの一部を保存しておく,DNAの独特の塩基配列。

この日のモヒカ博士の講演は
一般向けだけに,クリスパーそのもののしくみというより,
クリスパーの応用で急速に発展したゲノム編集技術,
これによってどんなことが可能になったかという
「ゲノム編集すごい」系の話題が中心で進みました。

※同時通訳を通して講演を聞いていたこともあってちょっと聴き取れなかったり
 意味の取り違えが発生しているところもあるかと思いますがその点ご容赦のほど。


・初のクリスパー組織体の実用化は「腐らないキノコ」。
 遺伝子組換え食品は危険視されてきたがクリスパーゲノム編集による
 改良食品は認可されやすい。
・ブタは62種類ものウイルスに感染しているため
 ヒトへの臓器移植に使えないが,ウイルスに感染しなくする
 ことで臓器移植の道が開ける。
・マラリアを媒介する蚊へのマラリア原虫の感染を止める
・8千種以上の病気について次々と原因遺伝子が究明されている。
 これを動物に導入して治療研究を行う。

・クリスパー自体を薬として使う医療も。
 エイズやハンティントン病,難聴など

・クリスパーを持つ細菌を環境スパイとして使う 
 細菌がもつ免疫機構は記憶する機構ということ。
 細菌は自分の記憶をすべて子孫に残せる。


私のこの発見は,好奇心から始まった研究でたどり着いたものだった。
(何の役に立つかわからないものに対して)好奇心だけで行う研究というのは
科学者のエゴかもしれないが,多くの人が掘り下げてくれたことで
この基礎研究は花開くことになった。


◆後半は,毎日新聞科学環境部・須田桃子記者との対談形式で,モヒカ博士のCRISPR研究について語られました。
1806 フランシス モヒカ博士_対談.JPG

ウイルスは他の細胞に自分のDNAを注入して,細胞の機能と素材を使って
自分のコピーを大量につくり増殖するのですが,
ウイルスの感染から生き延びた細菌は,その遺伝物質(DNA)の断片を
自分のDNAの中に取り込んで保存し,次回にそのウイルスのDNAが侵入したときに
すぐに発見して破壊するというのです。そのウイルスのDNAの断片は
自分の遺伝子とは離れたところに隔離して保存するのですが,
DNA上のその領域をはさむように前後に存在する独特な塩基配列がクリスパーというわけなのです。

細菌がこのような免疫のしくみをもっているということを発見したのが
モヒカ博士の主な功績。
このしくみが遺伝子組換えに応用できることを別の生物学者が発見し
ゲノム編集の最もポピュラーな方法の1つとしてあっという間に
広まって,数々の研究成果・品種改良が達成されることになりました。




2003年にこのことに気づいて論文にし,多くの雑誌に投稿したが断られたと聞きます。なぜ却下されたと思いますか?
「私もときどき思うんですよ。…なぜだろう?」(会場笑)「まあ,あまりにも単純で少ない情報で,これで細菌が免疫機能をもつなんて当時はとても信じられなかったんでしょうね。2,3年前に講演会で,私の論文を査読して2回リジェクト(却下)したという人が私のところに来たことがあります。『あなたは恨みにもつ人ですか?』と言ってくるので『場合によるけどね』と答えましたよ」(笑)

細菌を研究することでこの偉業に到達されたわけですが,
細菌の研究を志すようになった理由またはきっかけは?

「私は植物が好きだったので,植物学者になりたかったんです。
 ですが あいにく花粉症で。
 次に動物学者になろうとしたのですが,先生が大学に来なくて。
 しかたないので細菌を研究対象に選んだんです」(笑)

クリスパーのしくみ・はたらきを発見されたのは塩田の微生物から
だそうですが,なぜ塩田の微生物を?

「あまり(自分で採集には)行ってないんですけどね。
 他の人がとってきたサンプルを集めて-20℃で保管しているところがあります。
 その中から,塩田の微生物は水分がない塩だらけの環境でも
 生きていられるのでそのしくみに興味を持ったわけです。
 アルテミアなんかも塩田で生きている生物ですが,水が完全に
 なくなると生物としての活動が止まってしまうんですね」

モヒカ博士の発見がここまで発展することは予想されていましたか?
「全く。細菌が免疫のしくみを持っている,このことを
 発見できただけで大喜びだった。
 DNAを編集できるハサミになるなんて,想像するなんてとても」

このように他の研究者が自分の発見をもとに研究を進め
研究が大きく発展する,というのは基礎研究の醍醐味ですね。

「基礎研究はおっしゃるように大きなものに発展するかもしれない
 可能性がある。それが何になるかはその時点ではわからないけど」

日本では出口志向が強まっていて,研究予算を確保するには
「すぐ役に立つ研究」が求められている。
スペインではどうですか?

「スペインも収益を重視する考えは強くあります。とくに民間。
 じゃあ基礎研究は誰がやるのか?誰かがやらなければならない。
 そこで,いい人がやることになるんだね。自分がそうとは言わないけど」(笑)

後半のこの対談は,前半の講演の具体的でわかりやすい
ゲノム編集の成果の話から,モヒカ博士自身の研究に関する
専門的な話に踏み込むことになるので難しい内容になりそうなところを
須田記者の質問設定とモヒカ博士のユーモアを交えた答えで
来場者にも身近に感じられる笑いの絶えない対談となりました。


◆最後に質疑応答があり,3人の方が三者三様の質問を。

自然界には多様性が必要とのことですが,ゲノム編集が容易になって,人間が好きな形質を選んで生物に取り入れるようになると多様性がなくなってしまうのでは?それについてどう思われますか?
「昔から好ましい形質の家畜の雄と雌を交配させる,選定するというのは昔から行われているわけです(人為選択)。(古代ギリシャの)スパルタでは戦士になれない体の不自由な子供は殺されていました。私のようにカッコいい人や背の高い人はモテて子孫を残すことができる(性選択)。昔から選定は行われているわけです。
ゲノム編集で多様性が損なわれるかもしれない。それで病気がなくなるなら私は大歓迎です」

世界的な科学者のお話を直接聞くことができるこういう機会はなかなかないのですが,博士は世界を飛び回られて一般の人と話すことは他にもあるのですか?
「あります。印象に残っているのは,バルに入りきれないくらいの人たちと話したことがあって,工事現場からやって来て5分で寝ちゃった男の人がいました。やがて起きて私の話に聞き入り,終わった後,感動したと言ってくれたんですよ」

私にはミトコンドリア遺伝子の病気の子がいます。今も進行しています。ミトコンドリア遺伝子の疾患はゲノム編集で治療可能なのでしょうか?その研究に倫理的問題や技術的問題はあるのでしょうか?
「倫理的問題はありません。解決されるべき問題ですし,ミトコンドリアも細菌の一種なのでできるはずです」

◆講演が終わると,壇上に残った博士に会って話したい来場者の列が。
あ,いいんだ。
ということで,列の最後のほうに並びました。
もともとこの会場を知っている人はスペイン語やスペイン文化に親しんでいる人や母語がスペイン語という人が大勢を占めていて,英語すらまともに喋れない私はあわわわ状態だったのですが,ちゃんと通訳の方がついてくださって,気さくな博士と言葉を交わすことができ,写真も撮らせていただくことができました。
1806 フランシス モヒカ博士.JPG

世界を動かす業績を挙げた博士と間近でお話できて,一流のオーラを感じた,みたいなミーハーなことを書くのはなんですが,科学の研究に没頭して未知のしくみを発見する悦びを追及する一方で,科学のすばらしさを世の中に伝えることにも積極的な姿は魅力的でしたね。
「ものすごい発見もされた傑出した科学者である一方で,お話も楽しくて,スペインの方は皆,博士のようにチャーミングなんですか?」とお聞きしたら「私なんて下の下ですよ」(笑)とおっしゃっていたので,スペインの人は皆お話好きなのかもしれませんがw


ノーベル賞の有力候補と書きましたけれど,CRISPR(と後に名付けられる塩基配列)を発見したのは石野良純博士(当時大阪大学)ですし,ゲノム編集技術「CRISPR-CAS9(クリスパー=キャスナイン)」を開発したのはエマニュエル・シャルパンティエ教授(フランス出身)とジェニファー・ダウドナ教授(アメリカ)らのチームですので,もしこの研究が受賞することになっても同時に3名までしか選ばれない同賞の規程上誰が受賞するかはわかりませんが,モヒカ博士のような研究者のことは日本でももっと知られてほしいと思いました。

CRISPR Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/CRISPR
(Mojicaの名前が論文共著者として2か所出てきます)

サイエンスZERO
http://www4.nhk.or.jp/zero/
サイエンスZERO シリーズ・ゲノム編集(1) 「生命を作り変える魔法の新技術」※NHKオンデマンド(2017年放送)


CRISPR (クリスパー) 究極の遺伝子編集技術の発見

ジェニファー・ダウドナ

ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

NHK「ゲノム編集」取材班


●須田桃子記者Twitter https://twitter.com/MomokoSuda


第46回大宅壮一ノンフィクション賞 書籍部門受賞
捏造の科学者 STAP細胞事件
(2014/12/30)

大宅賞受賞後第1作
合成生物学の衝撃
人工生命体は既に現実のものに


日本ゲノム編集学会 http://jsgedit.jp

posted by ドージマ・ダイスケ at 08:32| 東京 ☀| Comment(0) | このブログについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月11日

手塚治虫文化賞2018贈呈式行ってきました/(2)大家さんと僕の世界

6月7日(木)に都内某所で行われました『第22回手塚治虫文化賞贈呈式』 イベント。
前回エントリでは大賞受賞記念対談「この現場がスゴイッ!ゴールデンカムイ創作秘話ー野田サトルの仕事場からー」の様子までをお伝えしましたが,今回は残る特別賞の記念対談についてお送りしたいと思います。

手塚治虫生誕90周年記念対談「治虫さんと僕」
『大家さんと僕』作者・矢部太郎氏 × 手塚るみ子氏


手塚治虫文化賞2018_矢部るみ子対談.jpg

「るみ子さんには机にはりつける男性器の写真をツイートされてて
 これもむといいんですってって,いいね押したんですけど
 なんてことをしてしまったんだ会ったこともない人にって,それが最初でしたか」
「…あ,すみません,さっきの話ですが,ボールのほうです」

「僕,(受賞あいさつで)あんな1人で人前でしゃべったの初めてです」
「芸人されててそれはないでしょう」
「あんな尺(時間)をくれる演出家さんはいません。
 対談っていうのはいいですね。1人じゃないんで
 …この対談,『手塚治虫生誕90周年記念対談』って
 こんな私でいいんですか?」

るみ子さん 「『大家さんと僕』は,日常のなにげない出来事をつづった作品ですが
 手塚もデビュー作が『マァちゃんの日記帳』という4コマ漫画で,
 この手塚の原点を思いださせるような作品でした。
 贈呈式で矢部さんは手塚に嫉妬されたい,っておっしゃってましたけど
 手塚がこの作品を読んだら,俺でも描けるっていいそう。
 まずは大家さんを探すところから始めそうですね。
 トキワ荘に大家さんがいたかは知りませんけど」




『大家さんと僕』はマンガとしても表現がすごい。
 大家さんの髪が風でゴムのように変形して」

「よく風を受けるんです。僕もよく風を受けるんですけど。
 手塚先生の『マンガの描き方』,これを読んで。名著です
 これに人間の体はゴムまりのようだって(伸縮自由に描けばいい)」

「青梅街道を車で走るシーン,あそこで突然実話から
 空想の世界に光景が飛びますよね。あそこが大好きで」

「あのシーンの車も手塚先生の『新宝島』の自動車からなんです。
 あそこから一歩も先に進めない」

「矢部さんは(手塚治虫)ファンクラブに入っていたそうで」
「はい,今回父が会員証送ってくれたんですけど。1990年入会。
 (るみ子さんは)ファンクラブ入ってないんですか?」
「入ってませんよ。ファンじゃないしw
 家族っていう,ある意味ファン以上の存在ですけど」

「90年に先生が亡くなった後,近代美術館の展覧会に行って
 手塚先生のことをもっと知りたいと思って入ったんです」
「抜けられたのは?」
「91年くらい…経済的な理由で」

「矢部さんのファースト手塚治虫は?」
「『まんが道』です」

「?!」
「藤子不二雄先生の。それまでブラックジャックとか読んでましたけど
 『まんが道』を読んで手塚先生はこんなすごい存在なんだって
 ズドンってきて,そこから『地底国の怪人』とか『新宝島』で
 どんなにすごい革新的なことをしてきたんだってわかるようになったんです」
「若い人で『まんが道』から入った人 多くて,
 藤子先生には頭が上がらないです」


手塚治虫の作品で印象に残っているのは?
「僕は『火の鳥』です。
 僕の世代あるあるなんですけど,図書室にある唯一の漫画で。
 難しくてわからないことが多かったですけど後からわかったり。
 あと,『ガラスの地球を救え』」
  

「漫画じゃないんですね」
「すごくわかりやすくて,子どもにも読めておもしろいですよね」

おとうさんが絵本作家だそうで。影響を受けましたか?
  

「絵は身近でしたね。僕も小さい頃描いてたかもしれません。
 (るみ子さん)ご自身は絵を描いてたとか覚えてますか?」
「私は父の書き損じとかあって絵は小さい頃からよく描いていました。
 ただし仕事場には入っちゃいけないって母に止められていたので
 どうやって漫画を描くのか,大きくなっても全然わからなかった」


「僕は子供の頃,絵や漫画を描くより新聞をつくってましたね。
 太郎新聞って。宮武外骨の外骨新聞とかにならって。
 いとこの女の子が漫画を寄稿して,それ載せていました。
 おもしろかったので,一編集者として楽しみでしたね」

お父さんは矢部さんの漫画についてどうおっしゃってましたか?
脱力感がいいねって」
「それは最高の誉め言葉ですね」

おとうさんは紙芝居も描いたりアニメーションの本も書かれたりしている
「父は絵を描くのが好きで,
 食事の前に,ちょっと待って! って,おかずを描き始めたり。
 描き終わるまでみんな待ってる。インスタのはしりですね
 動物園とかいっしょに連れてってもらって絵を描いたりしてましたから
 やっぱり僕も絵を描いてたかも」

大家さんとの話は,コントにするとか文字の本にするよりも
絵が一番表現するに合っていたんですね

「そうですね。文字で表現する,コントにするとか
 想像もできません」


贈呈式であいさつ,講評をされる誰もが
各受賞作のなかでいちばん『大家さんと僕』と矢部さんについて
たくさん語っていましたが
うん…やっぱり人柄というか,作品を通じて,そして実際に会って
彼を知ると放っておけないものがあるなあ,もってるなあ
ちょっと,なんだかんだでエリートじゃねえかって思っちゃったりしましたけど(;^ω^)


こんなしあわせたっぷりの対談の他にも
3日前の2018/06/04(月)に自称「育ての親」,T部長こと土屋敏夫さんとの
地獄のようなトークショーも行われましたので,見られる環境の方はぜひ(;^ω^)。













緊張すると手が股間にいってしまう癖があって,先輩芸人たちから
絶対やるなよと警告されていたとのこと。贈呈式や対談では大丈夫でした^^




定本 オサムシに伝えて (立東舎文庫)
2017/2/20
手塚 るみ子


手塚治虫文化賞公式サイト | 朝日新聞社インフォメーション
http://www.asahi.com/corporate/award/tezuka/11374716


■関連記事
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手塚治虫文化賞贈呈式行きました2015
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posted by ドージマ・ダイスケ at 06:34| 東京 ☔| Comment(0) | このブログについて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月10日

手塚治虫文化賞2018贈呈式行ってきました/(1)ゴールデンカムイの世界


5月の大型連休中に八景島に行った報告をうpした後、この1か月余り、ペンギン4コマを描いたり(Twitterとpixivにはうpしましたがこちらには上げてなないです)各種イベントに出かけたりで、インプットはあるのですがアウトプットができていない状態が続いていました。

久々更新の今回は、6月7日(木)に浜離宮朝日ホールで開催されました第22回手塚治虫文化賞贈呈式・記念イベントに行ってきたレポートを上げたいと思います。
本イベントは、過去第14回(大賞:『へうげもの』)、第15回(大賞:『JIN-仁』、『竹光侍』)、第18回(大賞:『3月のライオン』),第19回(大賞:『逢沢りく』)と観覧してきて、今回は久々の参加。
17時開場18時開演ということで早めに会場に行ってみると、
これまでの会場フロアからエスカレーターで上の階に案内され。
一般客300人を招待できる広いホールに会場を移したんですね
(1階席の前3分の1のブロックは関係者招待席)。

絵はがきセット、クリアファイル、記念ピンバッジガチャが販売される物販の列に並んだ後、
全席指定で渡された番号の席で待機。時間がきてイベントは始まりました。
手塚治虫文化賞2018_冊子・グッズblg.jpg
(サイン入りイラストパネルとかアイヌ関連実物資料など
 いろいろいいものが展示されていたのですが
 スマホを忘れて写真が1枚も撮れないという大失策;><)


朝日新聞社長のあたりさわりのない
各賞受賞作品についての紹介、
来賓祝辞で手塚プロダクション松谷社長からのざっくばらんな激励
(いつも来られている手塚眞さんは映画撮影中とのことで欠席)
手塚治虫文化賞2018_朝日新聞社長.jpg

手塚治虫文化賞2018_手塚プロ社長.jpg
「ゴールデンカムイ、主人公と女の子のコンビということで、
続きを読む
posted by ドージマ・ダイスケ at 14:26| 東京 🌁| Comment(0) | ◆イベント・生物オリンピック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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